2009年01月19日

【ナイルの風 中東のまつりごと】(16)イスラム教VSキリスト教

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■対立の無益さ映画で訴えた

ある事情から本来の身分を隠し、キリスト教徒のふりをして暮らすイスラム教のシェイフ(説教師)と、イスラム教徒のふりをして暮らすキリスト教の司祭が繰り広げる奇妙な物語を通じ、宗派対立に警鐘を鳴らす映画が昨年夏にエジプトで封切られ、大ヒットした。

「アラビアのロレンス」(1962年)や「ドクトル・ジバゴ」(65年)で国際的な名声を確立したオマル・シャリーフ(オマー・シャリフ)(76)と、軽妙な演技で絶大な人気を誇るアーデル・イマーム(69)というエジプトを代表する2人の名優が共演し、社会が抱えるホットな問題に取り組んだ「ハサンとモルコス」だ。

オマル・シャリーフが演じる穏健なシェイフ、アッタールは、死亡した兄が指導者を務めていたイスラム過激派組織から後を継いで指導者に就任するよう迫られる。だが、アッタールは拒否し、過激派の脅迫で潜伏するはめに。一方、アーデル・イマームが演じる司祭ボロスは宗教間対話の会議で、対立をあおるキリスト教の過激勢力を非難し、命を狙われる。2人の身の安全を図ろうとする治安機関の助けもあり、シェイフのアッタールはキリスト教徒の「モルコス」に、司祭ボロスはイスラム教徒の「ハサン」へと名前を変えて生きてゆくことになる。
カイロの下町で偶然、隣人となったハサンとモルコスは息子と娘同士の恋も絡んで親交を深めるが、お互いに宗教的な身分を偽っていたことがばれて、気まずくなる。しかし、近所で起きたイスラム教徒とキリスト教徒の衝突に巻き込まれて2人の家族は目を覚まし、争いをやめるよう訴えるかのように手を結び、乱闘の中へ飛び込んでゆく。

◆◇◆

宗教者である主人公たちが突然、いがみ合う相手側の宗教コミュニティーに身を置くことで体験する戸惑いと驚きを、2人の名優がときにコミカルに演じ、重いテーマを笑いで包む。イスラム、キリスト教徒にかかわらず、観衆は自分の姿を鏡に映すような感覚に誘い込まれる。

映画の制作会社によると、「ハサンとモルコス」は昨年後半の映画の中で興行収入、観客数ともに1位となった。

台本を担当した売れっ子シナリオ作家、ユーセフ・マアーティー(46)は、「かつて内戦で揺れたレバノンや2003年以降のイラクの宗派抗争は、エジプトへの警鐘だ。エジプトの状況はずっとましだが、最近はいやな感じで緊張が広がっている。取り上げ方を間違えれば、あらゆる方向から反発を食う『危険なテーマ』だけに、ユーモアで包むしかなかった」と語る。

イスラム教のシェイフを演じたオマル・シャリーフはキリスト教徒として生まれたが、1950年代にイスラム教徒の女性と結婚するために改宗した経験をもつ。そして、シャリーフ自身、2002年にはスペインの新聞とのインタビューで「いまは無神論者」と告白した。

「シナリオを読んで、これだと思った。エジプトのイスラム教徒とキリスト教徒の対立と緊張の無益さを訴えるものであり、長年、待ち望んでいた役柄だった。だが、現実には社会での緊張は広がっており、われわれは皆、どうすればいいのかを考える必要がある」と、事務所を通じてコメントした。

◆◇◆

エジプトに根付くコプト正教会の教会建設などをめぐる衝突事件は世間の耳目を集めやすいが、双方の意識の乖離はさまざまな局面で微妙に表面化する。

職能組合であるエジプト医師組合が昨年8月に提案した「臓器移植規制法案」もその一例だ。「臓器提供が可能な範囲を一族内の近親者に限定する」という内容で、医師組合によると「貧困層を巻き込んだ金目当ての臓器売買の規制」が目的だ。しかし、コプト側は、医師組合を牛耳るのがイスラム原理主義組織、ムスリム同胞団であることから、臓器移植規制法案は「キリスト教徒の臓器をイスラム教徒に移植させないことを狙った差別法案」と猛反発した。通常、一族は同じ宗教だからだ。

一方、キリスト教徒が多いカイロ北部のショブラ地区では最近、「文化保存」を訴えるイスラム主義団体が浸透し、長くキリスト教徒の間で「ビクトリア(勝利)広場」と呼ばれていた広場を「ナスル・ル・イスラム(イスラムの勝利)広場」へと改称する訴えを起こし、両派の住民の間で反目が広がっている。

「些細なことをきっかけに宗派感情の対立が表面化するケースがこの数年、急増している。原因はさまざまだが、突き放してみれば双方の宗教指導者は“共犯関係”にあるといえる」

政府系のシンクタンク、アハラム戦略研究所副所長のナビール・アブドルファッターハ(58)は「こうした対立は宗派意識を肥大させ、宗教的多数派と少数派を作り出し、エジプト社会をイスラムとキリスト教という、たった2つの宗教ブロックに変容させる。19世紀以来続くエジプトの近代国民国家実現への歴史と努力を破壊するものだ」と指摘した。=敬称略(村上大介)


【用語解説】エジプトとキリスト教
古代王朝のピラミッドや7世紀のイスラム征服以降の歴史的なモスク(イスラム教礼拝所)群で有名なエジプトは、キリスト教成立初期にも深いかかわりをもっている。

マタイによる福音書には、ユダヤの王ヘロデが自分の地位を脅かすことになる神の子イエスを恐れ、ベツレヘムに生まれた2歳以下の赤子を全員殺害するよう命令し、天使のお告げで聖母マリアはイエスを連れてエジプトに避難したという話が記されている。

エジプトのコプト正教会の信者にとって、幼子イエスがエジプトでかくまわれ、養われたという「聖家族のエジプト逃避」の伝承は信仰の重要な一部であり、聖家族が住んだとされる洞窟などが各地に残り、いまも生きた信仰の対象となっている。コプト教会の中では、後年にガリラヤで宣教を始める以前の幼子イエスを、すでに主と認めたとさえ信じられている。

一方、コプト教会とは無関係だが、紀元2〜3世紀ぐらいまでの原始キリスト教期には、善とされる神も不完全な悪の世界の創造主であれば「偽の神」であり、どこかに別の「真の神」が存在する−と考える世界観を、イエス信仰と融合させた異端思想のグノーシス派がエジプトで活発に活動していたことが、20世紀半ばに発見された膨大なコプト語のパピルス文書(ナグ・ハンマーディ文書)などから裏付けられている。
 

posted by ナナシ=ロボ at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・忘れられた場所で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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