2008年10月27日

【ナイルの風 中東のまつりごと】(6)“学生民兵”はつぶされた

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■「大学自治守れ」穏健派が抗議デモ
2006年12月、カイロの名門、アズハル大学のキャンパスで、黒い覆面をした学生たちが聖典コーランを掲げて「イスラムこそが解決だ」と叫び、カラテやテコンドーのデモンストレーションを繰り広げた。05年11月の人民議会選挙(定数454)で88議席に躍進したムスリム同胞団系の学生たちの当局による「大学自治抑圧」に対する抗議デモだった。総勢は50〜80人。治安部隊は隊列を組み、デモの学生たちが公道にあふれ出ないよう校門を固めていた。

この様子は、エジプトの地元メディアだけでなく、アラブの衛星テレビ局でも「アズハルのミリシア(民兵)」と報じられ、社会に不気味な衝撃を与えた。

当時、取材に当たった独立系商業紙マスリルヨウムの宗教問題担当記者、アハマド・ビヒーリー(30)は、「前日に学生から取材要請の電話があった」と語る。学生の一部がかぶっていたマスクはパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスの武装組織を模したものだったが、ビヒーリーは「黒装束には驚いたものの、実態は『民兵』と呼べるような代物ではなく、カラテ実演の趣旨もよく分からなかった」という。

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エジプトでは依然、「非合法組織」でありながら、事実上の最大野党として多数の議員を国会に送り込んでいるムスリム同胞団。一般的には“穏健イスラム原理主義組織”と説明されるが、シャリーア(イスラム法)を政治や経済、教育、医療、福祉など社会のあらゆる分野に適用し、「理想的なイスラム社会」建設を目指す大衆的な政治・社会運動団体だ。70年代以降は「暴力」を否定し、漸進的な社会改革を目指す。その同胞団がなぜ、武装闘争を連想させるようなデモを大学構内で行ったのか。

05年の総選挙で同胞団系独立候補として当選したアズハル大学医学部教授、ムハンマド・バルタギー(45)は「政府は90年代初めから、自治会の選挙を凍結し、体制寄りの学生を自治会役員に任命するなどの干渉を始めた。同胞団の学生たちは国会選挙の“勝利”を受けて、独自の自治会組織『自由連合』を組織し、当局に挑戦したのだ」と、当時の状況を説明する。

「自由連合」には約1万2000人が参加し、独自の役員選挙を実施。同胞団に所属する学生は約2000人にすぎず、大学自治の閉塞状況に不満を抱く学生が多数合流していたことが分かる。

デモ当時、自由連合の書記長を務めていた同大医学部5年生のスハイブ・シャウカト(23)は、「デモの直接の引き金は同胞団の学生が自治会選挙から締め出されたり、停学処分を受けたことだった。だが、第2自治会である自由連合が成功すれば、職能組合などあらゆる分野に二重構造が広がる突破口となる。体制にとって僕たちの動きは危険なものに映ったはずだ」と振り返る。

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実は、81年のサダト大統領暗殺以来続く非常事態法を武器に治安組織が強い力を持つ現体制と同胞団の間には奇妙な共存関係がみられる。

50〜60年代のナセル大統領のアラブ社会主義体制下で導入された医師、弁護士、ジャーナリスト、技師、薬剤師など各分野の職能組合の多くは選挙の結果、いま同胞団が主導権を握っている。しかし、体制がそれを黙認するのも、同胞団が与党・国民民主党(NDP)系の人物にトップを任せるという“ルール”を守る限りにおいてだ。

「同胞団のデモはどんなに小さなものでも治安部隊が予定の時間、場所に待機している。なぜだと思う」。匿名を条件に会った国家治安局に近い政府高官はナゾをかけてきた。「同胞団はじわじわと社会に浸透し、権力奪取の機会を根気よく待っている。だが、体制を不必要に刺激しない方が得策であることも知っている。われわれは、同胞団が発表する声明の内容も前日には知っている。スパイじゃない。同胞団が自主的に通告してくる。それが暗黙の了解なのだ」

その均衡を破ろうとしたアズハル大学の「自由連合」の試みは、体制にとって、同胞団に“国家内国家”への道を許しかねない潜在的な危険性を帯びていた。

治安当局はすかさず、武装闘争を連想させる「アズハル民兵」を大義名分として反撃。学生140人を逮捕し、自由連合はつぶされた。一方、同胞団は「デモは間違ったやり方だった」と非難する声明を出し、距離を置いた。

キツネとタヌキの化かし合いのような関係の中で、同胞団は政府の手のひらの上で踊っているだけなのか、体制側に同胞団を押さえ込む決定打がないのか。衝撃的な学生たちの黒マスクについては、バルタギーもシャウカトも「学生の一部が考えてやったこと」と歯切れが悪い。だが、同胞団指導部の誰かの同意がなければできなかったとの見方も根強く残る。“民兵”の真相はやぶの中だ。=敬称略(村上大介)


【用語解説】ムスリム同胞団の組織
ムルシド(導く人)と呼ばれる団長(最高指導者)の下にマクタブ・イルシャード(教導委員会、最高幹部会に相当、現メンバー15人)、マジュリス・シューラ(諮問評議会、約100人)がある。現ムルシド、ムハンマド・アーキフは7代目。ムルシドや教導委員会のメンバーは、諮問評議会で選出される。

意思決定は基本的には教導委員会や諮問評議会の多数決で行われ、これらが下部組織を指導する。地域に密着した団員5人のウスラ(家族)が最小単位。

これとは別に教導委員会のメンバーの1人が責任者を務めるキスム・タルビヤ(教育局)が同胞団の内規を定め、入団審査を行う。団員候補者は宗教心や活動経歴が慎重に観察され、少なくとも3段階のレベルを経て、ようやく正式な入団審査に至る。

エジプトでは「非合法組織」とされていることもあり、組織の細部は公表されておらず、エジプト議会の最大野党勢力という近年の公式な「顔」にもかかわらず、誰もが団員になれるわけではないという“秘密結社”的な側面も持つ。
 
posted by ナナシ=ロボ at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・忘れられた場所で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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