2008年11月03日

【ナイルの風 中東のまつりごと】(7)政党化・合法化目指すムスリム同胞団

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■政策綱領案が疑念を呼んだ
エジプトの下院に相当する人民議会に88人の議員を送り込みながら、いまだ「非合法組織」として扱われる穏健イスラム原理主義組織、ムスリム同胞団は今年、創設80年を迎えた。その同胞団が、自らの歴史の中で初めて外部に公表しようと準備を進めている「政策綱領」の草案が昨年8月、すっぱ抜かれ、同胞団の「政党化・合法化問題」とも絡み、議論を呼んだ。

120ページ以上に及ぶ草案は、政治体制について「複数政党制を通じた議会制民主主義の擁護」を強調した上で、社会、経済、教育、開発政策などの各分野に包括的に言及している。政策ひとつひとつをみると、ムバラク政権の与党・国民民主党(NDP)と比べても、そう新味がない内容も多い。

その中で外部の識者から問題視されたのは、「キリスト教徒や女性は大統領と首相に就任できない」とする規定と、国会が可決した法律がシャリーア(イスラム法)にのっとって適正かどうかを審査する「イスラム法学者による委員会」を設置するとの案が盛り込まれていた点だった。
 イスラム教徒が圧倒的に多数派を占めるアラブ世界では「大統領はイスラム教徒」と憲法で規定する国もあるが、人口の5〜10%をコプト教徒(キリスト教の一派)が占めるエジプト社会で、同胞団の草案は“宗教差別”につながると受け止められた。

さらに「法学者委員会」は、最高立法機関であるはずの国会との関係が不明確であり、イランの「護憲評議会」を連想させる点で、世俗主義派の警戒を呼び起こした。国民の選挙を経ない護憲評議会は、国会の立法をイスラム法の観点から審査し、拒否する権限を持つことから、同国イスラム体制護持の要となっている機関のひとつだ。

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「同胞団がどのような政策を掲げようとも、それを判断するのは国民だが、大統領の資格に関する項目は市民権の平等の観点から大いに問題があると、同胞団には指摘した」
カイロのアハラム戦略研究所主任研究員、ディヤー・ラシュワーン(49)は、草案がすっぱ抜かれる前に同胞団が草案を示して意見を求めた外部の知識人・専門家50人の1人だった。政府系のシンクタンクに勤務しながらも、反体制のイスラム系組織からも信頼を得ている人物だ。

ラシュワーンは、「法学者委員会については同胞団も立場を軟化させ、おそらく最終案では、最高裁判所や国会の権威を上回る性格のものにはならないだろう。しかし、大統領の資格問題では、議論が続いているようだ」と語る。

同胞団の政策綱領の草案を最初に掲載したのは実は、イスラム世界の動きを伝える最大のウェブ・サイト、イスラム・オンラインで、同胞団とも良好な関係にある。サイトの関係者は「外部の50人の1人から草案を入手した」と語るが、同胞団が世論の反応をみるために意図的にリークしたとの見方もある。ただ、その後に同胞団内外から出た批判や反応に対する同胞団指導部の動きをみると、草案の一部が予想以上に注目を集めてしまったことに戸惑っているようにもみえる。

指導部ナンバー2にあたる副団長、ムハンマド・ハビーブ(65)は「イスラムは政治、文化、経済、宗教…すべての側面を含む包括的な概念だ。イスラム社会は、イスラム教の原則を忠実に適用しなければ発展しない。その上で、われわれは政治の多元主義と政権交代、指導者を選ぶ権利は国民にあることを認めている」と強調する。

しかし、質問が綱領草案の「大統領資格」問題に及ぶと、「ムバラク政権の独裁、憲法や人権無視、選挙干渉を最初に問題にすべきだろう。女性やキリスト教徒が大統領に立候補するのは自由だ。ただ、同胞団としては女性もキリスト教徒も擁立しないし、支持もしないということだ」と、ちょっとうんざりしたような表情で答えた。

□ ■ □

2004年に就任した第7代ムルシド(導く人=最高指導者)、ムハンマド・アーキフは、同胞団とエジプト社会の改革を目指す包括的な改革イニシアチブを発表し、慈善活動などを通じて大衆動員を目指す草の根組織から、より公な政治団体としての「顔」を社会に示そうとしたものとして注目された。ムバラク政権が同胞団の合法化を認める可能性がない中での「政策綱領」作成の試みも、その延長線上にあるといえるだろう。

ただ、その効果を疑問視する向きもある。米カーネギー財団のエジプト人研究者、アムル・ハムザーウィは「同胞団を政治組織として社会に統合させるには、最終的には合法化しかない」としつつも、「キリスト教徒や女性の権利、イスラム法学者の役割など、同胞団があいまいにしてきた“グレーゾーン”への回答の一端が明らかになり、むしろ警戒を呼び起こした。さらに、組織内部の議論では、保守的な旧世代と、リベラルな若い世代の亀裂も浮き彫りになっている」と指摘する。

ハビーブは、最終的な政策綱領はイスラム教のラマダン月(断食月)が明ける10月初めに公表すると語っていたが、内部の議論が決着した兆しはまだ、うかがえない。=敬称略(村上大介)


【用語解説】ムスリム同胞団の合法化問題
1928年に発足した同胞団は、「イスラム法による統治」の実現を唱える幅広い社会運動団体として大きな影響力を及ぼすようになったが、当時のファルーク国王とは微妙な関係を保ち、傘下の武装秘密機関の独走による首相や判事の暗殺事件の結果、創設者、ハサン・バンナーは49年に暗殺された。政権側の報復だったとされる。54年には直後に大統領に就任するナセル暗殺未遂も引き起こし、非合法化されて徹底的な弾圧を受けた。

同胞団は現在、武装闘争とは完全に縁を切ったと宣言しているが、こうした歴史は、主に政権側や批判勢力が同胞団への“警戒論”を宣伝する材料ともなっている。ただ、イスラム教の理念を強調しつつ包括的な社会運動を組織し、最終的には権力奪取を目指す同胞団自体が、通常の「政党」の枠組みには収まりきらず、具体的な政策をあいまいにしてきた面もある。

ムバラク政権は、05年の総選挙で大躍進した同胞団を警戒し、07年3月、宗教に基づく政党結成の禁止などを盛り込んだ憲法修正を国民投票で成立させ、同胞団排除の姿勢をさらに明確にしている。
 

posted by ナナシ=ロボ at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・忘れられた場所で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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