2008年12月08日

【ナイルの風 中東のまつりごと】(11)政治に距離置くこと忘れるな

全文保管

■緊急告知ににじむイスラム集団の苦悩
1999年に武装闘争の完全放棄を宣言し、百八十度の路線転換を果たしたエジプト最大のイスラム過激派組織「イスラム集団」が最近、「関係各位への緊急告知」と題したメッセージを自らのウェブサイトに掲載し、イスラム運動ウオッチャーの間に、ちょっとした波紋を呼んだ。

10月1日付の声明には、「人々の心に信仰を注ぎ込み、それを通じて社会を変革するという根源的な任務に献身し、権力を手にするという野心から身を引くことを忘れてはならない」という一文があり、指導部が「集団」のメンバーや支持者たちに、政治に関与するな、と警告しているように受け止められたためだ。

80〜90年代に国内でテロを繰り広げたイスラム集団は、81年のサダト暗殺事件に関連して逮捕された獄中指導部が路線見直しを主導し、事件から約20年後、ようやく武装闘争放棄と暴力非難にこぎ着け、獄中での「集団転向」を実現した。その結果、カラム・ズフディーやナガハ・イブラヒムら獄中指導部も含め、死刑囚を除く1万人以上のメンバーや支持者らの釈放・恩赦につながった。

ズフディーやイブラヒムら“元過激派”の指導者が示す現在の運動方針は、平和的なダアワ(人々をイスラムへと導く呼びかけ)に専念するというものであり、唐突に発せられた「政治から距離を置け」との緊急メッセージは逆に、組織内で何らかの不穏な動きが出ているのではないかとの観測を呼び起こしたのだ。

■□■

「イスラム集団は“平和的な集団”に変容し、武装闘争に戻ることはないと断言してもよいと思う。だが、獄中から戻ってきた一般の活動家や支持者たちは依然、社会から孤立したままであり、何らかの形で社会活動に関与したいとの欲求を抱き続けている。組織の草の根レベルで現状に不満が高まっているのではないか」

政府系紙アハラムが発行する高級誌「外交政策」の上級研究員、ハリール・アナーニー(35)は、組織内部に向けられた「緊急メッセージ」の背景をこう分析したうえで、「ズフディーらは、イスラム集団が今後、政治にかかわることは一切ないと説いている。だが、支持者らを何らかの形でオープンで正当性のある社会活動に参加させてゆく必要があると考える指導者もいる」という。

ただ、理論的には完全に「転向」を果たしたとはいえ、かつて「集団」が引き起こしたテロの記憶は国民の間に生々しく残る。むしろ組織が解体させられることもなく、同じ名称で存続していること自体が奇異にも感じられる。50年代以降、暴力に手を染めたことがない穏健イスラム原理主義組織で、現在は事実上の最大野党となったムスリム同胞団ですら公式には「非合法組織」のままであり、イスラム集団がいくら“平和的な政治団体”として活動を望んでも、政府が許可する可能性は皆無だ。

■□■

イスラム集団の「転向」を本物とみた治安当局は2002年、政府系の有力週刊誌ムサッワルの編集長だったマクラム・ムハンマド・アハマド(73)現ジャーナリスト職能組合会長、に獄中で「集団」指導部との長時間インタビューを許可し、その内容は3号にわたって大々的に報道された。政府にとっては、「集団」の釈放・恩赦に向けた世論の地ならしの一環だったのだろう。

マクラムによると、釈放された活動家は内務省への定期的な報告が義務づけられ、公職には就けないなどの制約があるものの、個人的な生活では比較的自由が認められており、政府が非公式に職の面倒をみるケースもあったという。ただ、釈放の前提として「イスラム集団は政治活動にはかかわらないという暗黙の了解があったはずだ」とも指摘する。

もう一つのイスラム過激派、ジハード団が理論的な急進性を特徴とし、小グループの連合体的な性格が強かったのに対し、イスラム集団は集団指導体制の下に堅固なピラミッド構造を維持し、最大規模のイスラム過激派となった。その組織力が、今度は1万人を超す獄中メンバーたちの「集団転向」を可能にした。

「だが、そうした集団が『転向後』に組織のあり方をどう定義するのか−」
前出のアナーニーは、イスラム集団がいま直面する問題をこう表現した。

「ダアワに専念するという『集団』は、他の穏健イスラム系組織とイデオロギーや教義面で差異がなくなってしまい、新たな支持者を引きつけることができなくなった。しかも現状では、社会への関与を求める一部の草の根支持者の要請にも応えられず、組織的な再建は至難の業だ」

「政治から距離を置け」との「緊急告知」には、転向後の厳しい現実に直面するイスラム集団の苦悩がにじみ出ているようにもみえるのだ。=敬称略(村上大介)


【用語解説】イスラム集団の「緊急告知」
10月に同集団のウェブサイトに掲載された声明は、「イスラムはウンマ(イスラム共同体)の精神を体現し、敵の攻撃から共同体を守った。イスラム運動は西洋の植民地主義と戦い、(ウンマの)分裂を狙うたくらみを阻止した」と典型的なイスラム礼賛を述べている。

そのうえで「イスラムとイスラム運動は異なる。イスラムは無謬であり、運動は方向を誤ることがある。われわれはシャリーア(イスラム法)の解釈を誤り、現実を見ることができなかった」とテロへの反省を改めて表明。「われわれは、国(人々と政権の双方)との関係を発展させ、ダアワ(人々をイスラムへ導く呼びかけ)に専念する」とし、「(イスラム運動は)権力を手にするという野心から身を引くことを忘れてはならない」と強調した。

その約1カ月後、今度はイスラム集団政治局長のイサーム・ディーン・ディルバーラがイスラム系有力サイトとのインタビューで「イスラム主義者が政治プロセスに吸収されるよう政府は立場を変えるべきだ」と発言し、組織内で政治への「かかわり方」をめぐる議論が起きていることをうかがわせた。

一方、「集団」の理論指導者格にあるナガハ・イブラヒムは政府系有力シンクタンク、アハラム戦略研究所が11月末に出版した「路線の見直し−イスラム集団からジハード団へ」という論文集に寄稿し、転向後初めて政府系の出版物に登場し、注目された。
 
posted by ナナシ=ロボ at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・忘れられた場所で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/113216605

この記事へのトラックバック