2009年02月02日

【ナイルの風 中東のまつりごと】(18)命かけ一獲千金の夢追う

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■格差拡大、不法就労に走る
「イタリアに不法に渡ろうとしたエジプト人労働者、大量におぼれ死ぬ」−。昨年6月、こんな大見出しが地元各紙の1面を飾った。リビアの沖合で発生した沈没事故で、エジプト人50人のほかアルジェリア、モロッコ、パキスタンやアフリカ各国からの労働者約150人が死亡した。 古くて小さな漁船に詰め込まれてイタリアを目指す“不法移民”が遭遇する不幸な事故がこの数年、年に何度か地元メディアを騒がすようになった。しかし、報じられる事故は氷山の一角とみられている。

首都カイロの北東約160キロ、ダカヒリーヤ県の県都マンスーラから車で約20分。「ミート・アル・クラマー村」(気前のいい人たちの村)はいま、「ミート・アル・グラアー村」(水死者の村)とあだ名される。村全体がイタリアへの“出稼ぎ熱”に浮かされ、度重なる違法渡航者の海難事故で多数の死者を出しているからだ。

探し当てた事故の犠牲者の遺族には面会を断られたが、小さな理髪店の客、電気修理工、ファトヒ・サーウィー(24)に声をかけると、サーウィーも2004年と06年の2回、リビア経由で渡航を試みたことがあるという。最初は、イタリアの沿岸警備船に発見され、強制送還。2回目はリビアで1カ月待ったものの船が出ず、計画は中止となったという。

「仕事が少ないうえに、ひとつ仕事しても工賃は20ポンド(約320円)程度だ。生活は苦しい。親類がすでに働いているイタリアに行けば、一気に大金をためられると思った」とサーウィーは言う。道でサッカーに興じていた子供たちも集まってきて、「大きくなったらイタリアに行く」と口々に無邪気な“夢”を語った。

出発したまま何年も消息不明の夫を待つ女性もいた。女性の親族は本人のいないところで、「船が沈没したか、手配師に金だけ取られて砂漠の中で殺されたんだろう」とつぶやいた。

□ ■ □

エジプトは、1950年代からのナセル政権下でアラブ社会主義を標榜し、社会主義的な計画経済を追求。70年代に入り、対米接近を図った後継のサダト政権は経済開放政策をとり、その方向性はムバラク現政権にも引き継がれた。しかし、社会主義的な制度と法律は色濃く社会に残り、経済自由化の足かせとなってきた。その一掃に乗り出したのが、2002年に突然、与党・国民民主党(NDP)の政策委員長に任命された大統領の次男、ガマールとその取り巻きとされるビジネスマンたちだった。

急速な国営企業の民営化や外資導入を柱とした“ガマール改革”は06年以降、7%成長を達成し、対エジプト直接投資も02年の4億3000万ドルから08年には1320億ドル(エジプト中央銀行推計)にまで急増している。しかし、こうした“成果”は、ごく一部の「新興富裕層」を生み出しただけで、むしろ貧富の格差を極端に拡大させただけだとの不満も一方で蔓延している。

政府の公式統計が示す失業率は、微増傾向を示しながら約10%(06年)程度で推移しているが、経済専門家の間では、農村部を中心に実態は12〜20%に上るとの見方が多い。

08年にイタリアへの不法移民労働者問題の報告書をまとめた非政府組織(NGO)の「エジプト人権機構」の代表で、首相直属の諮問委員会メンバーも務める弁護士、ハーフィズ・アブシアダ(42)は「政府には、経済構造の改革に伴う社会政策がまったくなく、ひずみが広がっている。いくら政府が成長率を誇示しても、新たな職が創出されていないのが実情だろう」と厳しい見方を示す。

エジプト・米商工会議所の「エジプトの人的資源」という報告書によると、エジプトの余剰労働力の一部はサウジアラビアなどペルシャ湾岸産油国への出稼ぎによって吸収されてきたが、過去10年、湾岸での出稼ぎ率の伸びは失速している。

報告書は、中東の若年労働人口は20年までに00年水準から80%増加し、それを吸収するためには過去50年間分に相当する新たな職を今後10年間に創出する必要があると結論づけている。エジプトも、この“時限爆弾”を抱えている。

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サーウィーによると、イタリアに渡るには、陸路でリビアに密入国し、そこで各国から集まってきた労働者とともに1隻の漁船に乗せられ、1〜2日かけて海を渡る。費用の相場は3万5000ポンド(約56万円)。地元の村には手配師が数人いる。リビアでは当局の目を避けるために、出発まで海に近い建物に収容され、ときには1カ月も外に出ることが許されない。

農村部の住民にとって3万5000ポンドもの大金を払うのは大変だが、いったん「不法就労」に成功すれば、数年で村に大きな家を建てることができ、見返りを期待する一族から金が集まるのだという。

職のない村でぶらぶらしているなら、生死をかけて一獲千金を狙う。そんな夢を抱く若者がこうして増殖してゆく。
                   
■なぜ大挙イタリアへ?
観光とスエズ運河の通航料を2大収入源とするエジプトでは、サウジアラビアなどペルシャ湾岸諸国への出稼ぎ労働者の仕送りが経済統計に正確に表れない、もうひとつの大きな収入源だといわれてきた。

エジプト人権機構のハーフィズ・アブシアダによると、いまも約300万人が湾岸諸国に出稼ぎに出かけており、うち150万人がサウジアラビアで働いている。湾岸地域は依然、エジプト人にとって主要な出稼ぎ先だが、医師や技術者、教師といった一部の職種を除き、単純労働者はパキスタンやバングラデシュなど南西アジアの労働者との競合で賃金が低く抑えられ、もはや魅力的な出稼ぎ先ではなくなっている。

農村問題に取り組むNGO、土地・人権問題センター代表のカラーム・サービル(44)は、こうした趨勢(すうせい)に加え、最近の急激な経済改革と政府の農業政策の失敗が農村の破壊をもたらし、従来の湾岸への出稼ぎ層とは別の新しい出稼ぎ層を作り出していると説明する。

「経済改革」が進み始めたこの数年、「不法移民」の海難事故の報道が増えているのも、そのためだと指摘する。

同センターによると、過去10年間にイタリアをはじめとする欧州連合(EU)に渡ったエジプト人は46万人で、そのうち少なくとも9万人が不法移民。北アフリカから欧州への主要ルートは「モロッコ−スペイン」か「リビア−イタリア」だが、エジプトからはリビア経由がほとんどだ。

合法移民も含めて移民労働者がいったんコミュニティーを作ると、同じ村の出身者や親類同士が助け合う関係ができあがり、それを頼りに不法就労を目指す流れが加速する。イタリア北部ミラノには、同じ村の出身者約9000人が集まるコミュニティーができているという。

同センターによると、06年にはイタリアに向かったエジプト人約500人が水難事故で死亡。08年も少なくとも100人が犠牲になったと推計されている。=敬称略(村上大介)
 

posted by ナナシ=ロボ at 12:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 中東・忘れられた場所で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんか丸見えなんすけどいいんすか?これ
Posted by 猿人 at 2009年02月02日 15:32
え…?
保管と言っておりますが、原則、検索等で辿り着かれた方に読んで貰うのを目的としておりますんで、見えてて良いんですが…。


┏┫; 汗 ┣┓<著作権とかは、まあ…文句言われたら改めて考える…
Posted by ナナシ=ロボ at 2009年02月03日 00:12
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