2004年06月06日

レーガン死去

レーガン元米大統領が死去、93歳

手探り状態ながら、blogと言う物を始めてみる。

過去の人である彼の死は現在に殆ど意味を為さない。彼と対で語られる事の多かったゴルバチョフも既に過去の人である。
だが、レーガンの始めた徹底した軍拡路線こそが、ソ連を初めとする東側を崩壊、「解放」し、民族主義という地獄の釜の蓋を空けた。そして、現在のアメリカという「帝国による世界」の基礎を作る事にも。
posted by ナナシ=ロボ at 15:08| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ合衆国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
レーガンと言えば「ロン」「ヤス」と呼び合ったという仲の
中曽根元首相をいつも連想してしまう。
当時は子供だった私なのだけれども、
「終に日本のトップがアメリカ元首と対等に!」
という世間様の論調だったような
記憶が薄ぼんやりと。

「アメリカ合衆国大統領」
今となっては苦笑混じりに連想する名称の一つ。
Posted by 暁 at 2004年06月06日 21:42
レーガンは強硬路線は取ったものの、戦争はせず、ソ連との対話で冷戦に終止符を打ち、そして、核軍縮の道を導いた・・・。
まさに現米大統領にこの対話と圧力の方法を使ってもらいたい。
Posted by ぁぃぅぇぉ at 2004年06月06日 22:28
 正直、今更すぎる・・・
数年前にアルツハイマーになったとの報道から予定されていた記事でしかない。
まっ、願わくば某かのきっかけにならん事を・・・

 今話題にすべきは、レーガンの功績より現アメリカの在り方の問題であり、
そういった意味ではあの国の自浄作用はなんだかんだと言いながら見習うべき所があるのも確かで、
それ故にここまでの繁栄(※貧富の差はあれど)を誇ってきた。

 反米・反戦は結構だが、今のアメリカを孤立させる度胸のある国家が存在するなら見てみたいもんだと・・・
達観視してしまう私であった^^;
Posted by at 2004年06月07日 16:59
「終に日本のトップがアメリカ元首と対等に!」つー報道の薄ぼんやりとした記憶は間違いじゃないです。「対米追従外交」「軍拡協調路線」とかと同時に語られる事が多かったと思いますが(笑)。
因みにロン・ヤスは記念写真ばかりが未だに言われるウィリアムズバーグ・サミットから遡る事4ヶ月前、「参勤交代」と揶揄される日本の総理が就任後早目に行われる初訪米で出て来ました。レーガンが中曽根の何を気に入ったのかよく判らんですが、「今日から私の事はロンと呼んでくれ、私は君の事をヤスと呼ぶ」とレーガンの方から持ち出したそうですな。尤もこの直後に中曽根から日本列島の「不沈空母化」発言が出ますので、あんまし対等では無かったのかも知れません(笑)。

レーガンが武力を使わなかった…とする見方はどうなんでしょうね。直接的な武力行使はグレナダ侵攻位ですが、秘密武器供与、暗殺の類は表に出てるだけでもイラン・コントラが有りますし、冷戦化での代理戦争はむしろ継続強化しましたし。
確かに政権後半ソビエトと「中距離戦力核全廃条約」を結びますが、それとて政権前半で徹底した軍拡を推し進めたからこそです。それにお付き合いしたソビエトの財政が破滅的になり、ゴルバチョフは融和路線を取らざるを得なかったわけで。まあ、この辺は「圧倒的軍事力こそ平和の礎」の法則通りですが。

さて、筆者の性格がそのまま投影したようなやたらとレスがしにくい最後のコメントは(笑)正直無視しようかと思いましたが、簡潔に。
既に世論調査でのイラク戦争への低評価、ケリー民主党大統領候補の支持率の上昇と、合衆国民の「バランス感覚」は既に働きつつ有る様ですね。私は、かつて対日超強硬派だったケリーよりブッシュ再選の方が日本の利益に叶うと思ってますが。「自浄作用」という単語を避けたのもその為です(笑)
Posted by ナナシ(天籟) at 2004年06月13日 19:35
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