2004年11月06日

天皇皇后両陛下、新潟被災地を御見舞い


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なゐをのがれ
  戸外に過す人々に
    雨降るさまを見るは悲しき

                         (御製 阪神・淡路大震災)
天皇、皇后両陛下、万歳!
              万歳!
                万歳!
この日の被災地訪問は、「地元に迷惑をかけない」(宮内庁幹部)との配慮から、両陛下は専用車ではなくマイクロバスに乗り、随員も通常の十数人から5人に減らし、交通規制なしで被災地を回られた。

との事ですが、やっぱ地元では「このくそ忙しー時に」感は有ったと思います。天皇霊を以って怒れる地霊を鎮めるなんて与太は流石に言いませんが、今回、避難所で目立つお年よりの皆さんにとってやはりご皇室の御見舞いは特別な物だと思いますのでここは一つ。
まずお疲れ様でした(苦笑)>関係者の皆様。
posted by ナナシ=ロボ at 21:46| Comment(8) | TrackBack(3) | 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「このくそ忙しー時に」感って絶対あると思うのに、テレビではそういうコメントとかなくって、「来て下さってありがたい」みたいなのばっかで、なんか違和感を感じた。

「来て下さってありがたい」っていうのが、全部嘘とまでは思わないし、励まされる人ももちろん居るだろうから、「忙しい時に、何か手伝うわけでもないのに行くなよ」とまでは思わないけど・・・・。
天皇・皇后を運んだりとかの手間で、もっと他の事出来るんじゃないかとはやっぱり思ったなぁ。
私が何か役に立ってるかって言えば、何にも役に立ってないわけだから、少しでも励ましたいって現地に行ってる人(天皇・皇后)や、その行為をどうこう言える筋合いじゃないかもしれないけど(汗)

Posted by 葉桜 at 2004年11月07日 19:43
「このくそ忙しー時に」と思う気持ちもわからないでは無いのだけれども、やっぱり天皇・皇后両陛下が被災地を訪問されるのにはそれなりの意味があるかもしれないと思います。

若い人はともかく、60〜70代の人々の多くには両陛下が励ましてくださった・・・という事が生きる気力というメンタルな部分に対してもんのすごい効果を見せるんじゃないかなと。
家に戻れず、ぱたり、ぱたりと車の中で絶命していく人々に丁度当てはまっていると思うのですよ。<年代

両陛下とて、「こんな時に・・・」と思われている面はご承知かと(苦笑)
それでも今行かねば、と思わざるを得ない何かがそこにあるのかもよー?
と、若い娘にイヤミを言ってみたり。
Posted by 暁 at 2004年11月08日 02:48
おまいら…なんで、ひとがわざわざ「続きを読む」に入れて小声で書いた(笑)部分にだけ反応しますか(汗)。

暁おば(BackSpace二回)おねーちゃんがイヤミを言っちゃったので、小娘に説教するところ残ってねーや、トッペンパラリノプ。




って、これだけでは流石にマズイか(苦笑)。
こういった事態にこそ、ひごろ各人が「てんのーせい」と言う物に抱いてる感情が露骨に表出するのだなぁ…って、これじゃ当り障り無さ過ぎるか。
えーと、えーと。
例えば小泉をはじめ閣僚や政治家も「視察」に行ったりした訳ですが、それとどう違うのかを考えてみると面白いのかもしれない。意味が無いのかもしれない(笑)。

PS.
「ぱたり、ぱたりと車の中で絶命していく」って表現、リアル過ぎて怖いよー・゚・(つД`)・゚・>おねーちゃん。
Posted by ナナシ(天籟) at 2004年11月08日 13:04
>暁
うん。私もそうも思うよー。
別に呑気に行ってるとも思わないし。

でも、テレビではみんながみんな、
「天皇、皇后両陛下が来て下さって、感謝感激雨あられ。ばんざーーい」みたいな雰囲気で、ちょっと違和感も感じたのと、
もっと目に見えて役立つ他の事もあるんじゃないかなって思ったのね、テレビ見たとき。

だけど、メンタル面での効果ってやっぱり大事だしね。ナナシのいう、「天皇制」への感情として、私は天皇制をそんなに大事に思ってないから、はじめのコメントのように思ったけど、もちろんそうじゃない人も居るんだし。

そう考えると、ちょっと軽はずみなコメントしちゃったかなぁ。
だけど、そん時そう思ったのは事実だし・・ま、いっか。(い・・いいですかね?笑>管理人様)
Posted by 葉桜 at 2004年11月10日 00:39
ぐーあー・・・
朝帰りならぬ、昼帰りな状態なんでロクな事言いやしませんが、一個だけ。

>葉桜
せっかくその違和感に気付いたところで、んでは今回メディアが「どうして」そういった一面的な報道をしたのか、というのを葉桜なりに考えてみて、教えて欲しいな。
国家権力が怖くて言いたい事が言えないのかしらーとか、何でもいいっすよ(笑)

言える筋合いじゃないとか、軽はずみなとか、そういうのは気にせずに。
それ言っちゃったら誰も何も言えなくなるからね。

PS>おじちゃん
他の表現はうまく出てこなかったですよ(苦笑)
Posted by 暁 at 2004年11月10日 12:43
>暁
昼帰り、お疲れ様ー。
「どうして」一面的な報道をした(と思った)のかってことですね。

私がどう思ったかという事なので、私の思考回路順に話してみます。

まず、私は基本的に、大人・社会を信用するという感覚が残ってます。遊園地の乗り物は、乗っていいことになってるんだから、安全だ・・とかそういうレベルで。もちろん、今は、頭では、大人・社会が正しいとは限らないと、更に言えば絶対的に正しいなんてないんじゃないかと考えてはいます。だから、私はマスコミも報道も、他の人の意見も鵜呑みにしがちなところがあると自覚しています。そして、マスコミも報道も、他人の意見も鵜呑みではいけないと頭の片隅にあります。マスコミが報道している事実が全て正しいとは限らない・他の人のマスコミ批判が全て正しいとは限らない。感情的に排斥していくのではなく、情報や考え方というのを自分なりに吟味しなくちゃいけないなと。

で、そう思ってる私が今回の天皇・皇后の被災地訪問のテレビ報道を見て、「このくそ忙しー時に」という感覚はもちろん持ってる人居るだろうなと思う(何故そう思うかというと、まず私ならそう思うというのがあったから)のに、そういう雰囲気は一切ないように見えるのって「なんか変」と思ったわけです。

そして、ここにコメントしたり他の人の話を聞くまでは、マスコミを鵜呑みにしたら、やっぱりダメだよね。という私がマスコミへ勝手に寄せてしまいがちな多大な信頼を否定しよう(もしくは薄めよう)という漠然とした不信感だったわけです。
漠然とした不信感を今無理矢理考えてみると
?やっぱり天皇・皇后批判ってしにくいんだろうな。バッシングを受けるかもしれないし。同じただの人間である『天皇』を『日本国及び日本国民統合の象徴』として祀っておく状態を維持する為には、『天皇には批判を受ける可能性もあるような政治的意見』やなんかは一切喋らないで頂いて、『天皇の事を出来うる限り批判しない。敬う。』というスタンスが必要なのかな。だから、「この忙しー時に」みたいなちょっと批判めいた雰囲気は一切表に出てこないのかな。
?うーん・・。そもそも、ボランティアがあって、それが効を奏しているのも事実なわけだから、その行為に泥を塗る必要もないだろう。例えば、善意で助けてくれて、実際助かってもいる人の粗を探して、文句言う人間なんていないよね。感謝の気持ちだけ表せば十分ってことかな。
?えっと・・もしかして、私みたいにひねくれた考え方する人なんて、現地には本当に居なかったのかも(汗)
の、以上3点だったのかなと思います。

ここを読んでからは、上記3点のほかに、
(1)天皇・皇后の来訪を批判する事は、その来訪でメンタル的に救いになった人達を徒に傷つける事になるからかな。
という考えも、出てきました。

なので、今私の頭にある可能性としては全部で上の4つです。

お返事としてはここまで。
Posted by 葉桜 at 2004年11月10日 15:17
長くなったので二つに分けて、ちょっと補足。

(1)の考え方に至るまでの思考回路として、私の二つ目のコメントに書こうか迷った事を書いてみます。

まず、天皇を無条件に敬えるのって、宗教的な感情じゃないのかなというところ。

現在進行形で問題が起こっている時
例えば火事や飢えなどの最中に、
クリスチャンが神に祈ってばかり居たとしたら、クリスチャンではない私は、「お腹の足しにもならない祈りをぶつぶつ唱えてる暇があったら、火を消すとか、逃げるとか、飢えてるならどうにか食べれるもの探すとか別の地へ移動する事を考えるとか、他に出来ることあるでしょ」と、イライラすると思うんですね。祈ってるぐらいなら、役に立つ可能性がわずかでもやってみるとかの方が、建設的なんじゃないかと。

実際、私がもし現地に居たとして、天皇・皇后が被災地をお見舞いに来たとしても、
私は全然嬉しくない。それは・・気持ちに感謝することはあるかもしれないけど、私自身は何一つそれでは救われた気にはならないだろうなと、思ったんですね。

だけど、例えば、クリスチャンにとって、「祈ること」は危機を乗り越えるのに必要だったり、天皇を敬う人たちにとっては、その来訪は十分実際的な助けになっているんだろうな。と、考えれば、

クリスチャンでないからといって、祈りの邪魔をするのも
天皇制を大事に思っていないからといって、
天皇・皇后の訪問を批判するのも、
すごく身勝手な事なのかな・・
とも、思ったわけです。

そういう思考回路で出てきたのが、
(1)の理由です。
読み返してみると・・・
「徒に傷つける」というより
「傲慢な干渉」ってことになるのかな。

この補足の宗教云々については
あまり上手く表現出来る自信がなくて、
その上結構繊細な部分の話かなと思うので、
びくびくしながら書いたわけでうが、
ニュアンスだけでも私の思考回路が伝わるといいなと思います。
Posted by 葉桜 at 2004年11月10日 15:40
えー、管理人サマそっちのけでここ利用しちゃってスイマセンね(笑)>ナナシーさん

>葉桜
早速にわかりやすく丁寧な返事、ありがとうね。
漠然とした不信感、あって当然だと思います。
マスコミ、メディアは発信源。まずそこから条件反射的に感想を持つ事から始まるのではないかなあ。

>(1)天皇・皇后の来訪を批判する事は、その来訪でメンタル的に救いになった人達を徒に傷つける事になるからかな。

こういう可能性も、私も考えました。
今様々な報道がされている中で、やはり人命とか健康といった問題が重要視されている結果の、被害者保護という側面もあるかなと。
政治的な問題に帰着するのが一番近道ではあるけれど、もしかしたら他の理由も在るかもしれないと結論を出す前に一旦踏みとどまってみるのも新たな視点を見つける方法かもしれないですね。
その上で導き出した結論なり、自分の見解になら正解、不正解はさておき自分自身に納得がいくものになるのではないかと。

>天皇を無条件に敬えるのって、宗教的な感情じゃないのかなというところ。

これ、幼少期における教育の結果という側面もあるかなと思うので、全面的に同意とはいきませんがまああるだろうな、と(笑)
受け止め方は本当に様々な問題なのでなるほど、とだけ。
書いてくれたおかげで先の書き込みへの思考回路、よく伝わりました。

批判をするのは勇気が要るけれども、じっくり考えられた上での言葉には説得力が生まれるものだね。というのが今回の感想です。
ありがとう〜。
Posted by 暁 at 2004年11月10日 21:12
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