2009年02月23日

【ナイルの風 中東のまつりごと】(20)権力転換の衝撃どう走る

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【ナイルの風 中東のまつりごと】(20)権力転換の衝撃どう走る
■「独裁28年」後継者問題
エジプト国営テレビの元アナウンサー、ガミーラ・イスマイル(42)は、弁護士から入手した司法当局の分厚い書類を示し、「こんなのは、でっちあげよ」と、ため息をついた。服役中の夫、アイマン・ヌール(44)が「看守を侮辱する発言を行った」とか「暴力的な行動を取った」といった、看守からの申立書類のコピーの束だった。

ヌールは2005年9月、エジプト初の複数候補による大統領選挙に立候補し、現職、ムバラクの5選反対を訴える市民運動「キファーヤ(もう、たくさんだ)運動」の盛り上がりの波に乗って“有力対立候補”として旋風を巻き起こした。ガミーラ自身、キファーヤ運動のデモに参加したことから、アナウンサーを降職された。

政府発表の選挙結果は「ムバラク89%、ヌール8%」の大差だったが、ヌールは選挙後、04年に結党した「ガッド(明日)党」の設立届け出書類の署名を偽造したとして、禁固5年の判決を受けた。党設立の経緯をめぐる裁判だったにもかかわらず、党は存続し、裁判が「ヌール人気」を狙い撃ちしたものであったことは明らかだった。

受刑者は問題を起こさなければ刑期を短縮され、規定によれば、ヌールは今年6月に釈放される予定だった。ガミーラは、「看守の申し立てが最近、急増している。政権は“服役態度”を理由に釈放を阻止するのではないか」と語っていた。だが、ガミーラの心配はこのインタビューの数日後、幸いにも、外れた。政府は18日、「健康状態の悪化」を理由に突然、ヌールを釈放したのだ。

□ ■ □

01年9月の米中枢同時テロ後、中東民主化構想を唱えた米国のブッシュ前政権とアラブの米同盟国の要、エジプトの関係は冷え込んだ。ブッシュが、「親米穏健派」であることの代償に「民主主義の欠如」に目をつぶるという歴代政権の姿勢を後退させ、エジプトに対しても民主化を求め始めたことは、ムバラクには不気味に映ったに違いない。

ブッシュ政権は「ヌール問題」にたびたび懸念を表明し、ブッシュと前国務長官のライスは昨年12月、訪米したガミーラと面会し、オバマ次期政権への申し送りを約束した。ムバラクは、ブッシュ政権2期目には1度もワシントンを訪問しなかった。

ヌールの突然の釈放には、先手を打って米政府との間のトゲを抜き、新大統領、オバマとの早期首脳会談を実現したいという、ムバラクの計算が見え隠れする。糖尿病を患い、服役中にガッド党も分裂して足場を失ったヌールは、米新政権へのジェスチャーの駒に過ぎないというわけだ。
□ ■ □

政府系最有力紙、アハラームの副編集局長を務めた著名なコラムニスト、サラーマ・アハマド・サラーマ(70)は、「物価は急騰し、庶民にとっては家賃を払うのも苦しくなっている。国民が抱く閉塞感は極限にある。ソフトランディングのシナリオがあるのか、どうか」と、顔をしかめた。

今回の一連の取材では、本来であれば体制を擁護する立場の人たちからも、現政権を見限ったかのような発言が数多く聞かれた。その背景にあるのは、在任28年目となった大統領、ムバラクの後継問題の不透明さと、2男ガマール(45)が中心となって進める急激な経済改革で生じた“貧富の格差拡大”への危機感だ。

エジプト軍の退役准将で、現在、湾岸戦略研究センター(本部・ロンドン)の顧問を務めるムハンマド・マズルーム(70)も、「ガマールへの権力継承の道が着々と敷かれている。大統領とその周囲の人たちが既得権益を守ろうとしているだけだ。そもそも、どこの国に大統領が5選もする民主主義があるのか」と断じた。

もっとも、ガマールの経済改革を擁護する声がないわけではない。経済紙アーラムルヨウム(今日の世界)のコラムニストで、若手経営者団体「エジプト青年ビジネス協会」顧問のサイード・アトゥルーシュ(32)は、「ガマールが02年に与党、国民民主党(NDP)の政策委員長になって以来、党と政府は急カーブを切って市場経済化、とりわけ規制緩和を進めてきた。その結果、大企業だけでなく若手経営者が多い中小企業は活性化した」と語る。

アトゥルーシュは「ガマールが不幸なのは、大統領の息子という点だ。権力世襲と騒がれるが、彼の父親が大統領でなければ、人々はガマールを『希望の星』とみただろう」と言う。

だが、古参幹部を飛び越えて党の要職に就き、思い切った「改革」に手をつけることができたのは、ガマールが大統領の息子だったからだ。そこには、「ムバラク独裁」という影がつきまとう。

80歳という高齢の大統領を戴くエジプトは、遠からず「歴史的な権力の転換点」を経験する。7800万人超(07年政府統計)というアラブ世界最大の人口を抱え、外交的には辛うじて、“アラブ政治大国”の地位を保つ。エジプトのXデーの衝撃は国境を越えて、ワシントンにまで及ぶだろう。だが、だれもその衝撃の大きさを予測できないでいる。=敬称略(村上大介)=おわり


■「ムバラク後」4つのシナリオ
米ジョージタウン大学のサミール・シハータ准教授(現代アラブ政治)は「ムバラクの後はムバラクか」という最近の論文で、「いつ、どのような形で権力継承が行われるか予測不能だ」としたうえで、4つのシナリオを披露している。

シナリオ(1)
大統領が2011年の次期選挙を前に不出馬を表明、政府系メディアなどを総動員し、固辞する二男、ガマールに出馬を求める世論を形成、当選に導くというものだ。新大統領は軍や治安機関への足場がなく、健在な父親がにらみを利かす院政型となる。

残る3つのシナリオはいずれも大統領が次期選挙前に死去するという前提で、
(2)
与党内や軍、治安機関のにらみ合いが生じるが、混乱回避のためにガマールを大統領に推すことで合意する
(3)
軍がガマール後継を拒否、あるいは各地での混乱回避のために治安出動して軍人が権力を掌握する
(4)
ガマールはすぐに与党からも排除され、軍、治安機関の有力者が与党の支持の下で「独立候補」として大統領に当選する

−である。

「軍、治安機関の有力者」とは、閣僚級のオマル・スレイマン軍情報部長官を指す。パレスチナの停戦仲介などに当たり、米国とのパイプも太い実力者だ。スレイマン大統領、ガマール首相という折衷案もささやかれるが、ムバラク大統領という重しがなくなった場合に双方が共存できる保証はない。ムバラク再出馬の可能性も強く残るが、社会の閉塞感や先行きの不透明感はさらに増す結果となる。
  
posted by ナナシ=ロボ at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・忘れられた場所で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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