2004年09月21日

memo:ブルンジ


コンゴ難民180人殺害 ブルンジのキャンプ
ブルンジ(中略)西部の国連難民キャンプが13日夜、武装集団に襲撃され、西隣のコンゴ(旧ザイール)出身のツチ系難民少なくとも180人が殺害され、多数が負傷した。

この2、3カ月間で、コンゴ東部のツチ人数千人が、コンゴ政府軍や民兵からの襲撃を逃れ、ブルンジ西部に逃れてきたとされ、現場のキャンプでは2500−3000人が収容されている。

ブルンジ:武装集団が難民襲撃、159人殺害
キャンプはブルンジ政府軍基地から約500メートルの地点にあり、武装集団は自動小銃やナタで襲撃した。コンゴ東部からブルンジにかけて活動するフツ人主体の反政府組織(FNL)が14日、基地への攻撃を認める声明を出したが、キャンプ襲撃は否定した。一方、政府軍報道官は「攻撃はキャンプが標的だった」と非難し、コンゴから越境したFNLによる襲撃との見方を示した。

ブルンジでは、90年代初頭から七つの武装勢力が内戦を展開。和平交渉の末、今年10月に総選挙を行うことで合意したが、FNLはツチ人主体の現政権への不満を理由に和平プロセスへの参加を拒否している。

コンゴ難民大量殺害 安保理が非難声明
国連安全保障理事会は(中略)緊急非公式協議を行い、事件を非難する議長声明を採択、襲撃の実行犯を即刻訴追するよう求めた。アナン事務総長は、コンゴやルワンダなど周辺国にも協力を要請した。
(中略)
ブルンジ政府はコンゴから侵入した武装勢力の仕業とみて、同国との国境を閉鎖した。

コンゴでは一九九八年、カビラ政権打倒を目指すツチ系武装組織「コンゴ・ザイール解放民主勢力連合」が武装蜂起。東部が内乱状態となり、周辺国が政府軍と武装組織のそれぞれを支援したため、国際紛争に発展した。

カビラ大統領暗殺事件後の二〇〇二年に各派が和平協定に調印、〇三年七月に暫定政府が発足し、犠牲者三百万人以上といわれる紛争に一応終止符が打れた。だが、住民衝突は再燃し、国連暫定緊急多国籍軍がコンゴに展開したが、紛争は収まっていない。

posted by ナナシ=ロボ at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | アフリカ・忘れられた場所で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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