2005年01月17日

阪神淡路大震災10年

hansin

改めて、亡くなられた6433名に哀悼の意を表すと共に、未だ心の傷癒えぬ事もあろう被災者の皆様にお見舞い申上げます。

また、当時の不備だらけの法律、行政システムの中、果敢に救助活動を展開した自衛隊、警察、消防、行政の各関係諸氏、ボランティア参加者、そして、なにより10年で被災地をここまで復興した地元の皆さんに、最大限の敬意を表します。



「天皇陛下のおことば、阪神・淡路大震災10周年追悼式典」
あの朝、起きて来ると脇の人が言った。
「ねえねえ、大きな地震有ったんだって」

10年前、まだ「インターネット」ではなく「パソコン通信」のメル友を持っていた脇の人は、大阪の友人からの「凄い揺れでしたが、私は無事です」というメールでこの震災を知ったのだ。

脇の人の言葉で付けたTVでの中で建築用の大型クレーンが横転していた。
「大都市を除くとローカルニュースの6割は暇ネタだ。干し柿や高野豆腐がニュースなのか」と国会議員にバカにされても、災害時には、その日頃から培った強力なネットワークの実力が発揮されるNHKで、東京のスタジオばかり写っているのが少し気になった。

昼のニュースで映し出された神戸。
ヘリの爆音の中、阿呆の様に見たままを叫ぶだけのアナウンサー。
サンフランシスコ地震の時に「日本のはこんな風にならない。設計の物が違う」と公団関係者が豪語した高速道路は、サンフランシスコよりも派手に転がっていた。

至る所で上がる黒い煙。

 ―ええか、黒い煙の上がってる所に走るんじゃ。
 白い煙は、もう誰かが消してるか、消えかかっとる所だけん―


むかし読んだ空襲と戦い続けた消防団の手記の一節が浮かんだ時に、ああ、そうかと思った。ああ、そうか。この国の安全システムの限界を超えた災害なんだ。

無駄に脳内に詰め込まれた「ポリティカル・パニック小説」だののシーンを次々と連想する。だが、とっくに軍事オタクと情報中毒として完成してした俺は、小説や映画では、主人公達を追い込む舞台装置として登場する行政の無策のもたらす安全システムの崩壊が、まんざら故無い物ではない事も知っていた。

ああ、そうか、ひどい事になるんだ。

地震から三日目。
勤め先で夕食を取る為に会社の食堂のTVを付けると、火が幾つも写った。
同僚が心底驚いた様に言った「まだ、燃えてるんですか」の言葉に「当然ですね、消す方法も法律も無いですから」と鼻で笑いながら答えたらしい俺は、その後、随分と長く悪く言われた。
posted by ナナシ=ロボ at 23:34| Comment(1) | TrackBack(0) | このくにのすめら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
もうあの震災から10年か・・・。
俺は当時は13歳の中1やったな。
今でもあのデカイ揺れは未だに思い出すわ(ちなみに震度5)
揺れが止まってから眠れずにテレビで震災報道を見てたな。そして、報道中にも余震が来て、そして、こっちにも余震が来て、えらいこと起ってしまったなーっと言うのはしっかり覚えているわ。
地震の専門家によると「阪神大震災級前後の地震があと約2回前後ほど来て、そして、今世紀前半にも南海地震が起きる」と言っているのが気がかりや・・・
Posted by ぁぃぅぇぉ at 2005年01月18日 21:16
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