2005年03月09日

マスハドフ死亡

maskhbig.jpg
チェチェン独立派指導者、マスハドフ氏が戦闘で死亡
チェチェン共和国に駐留する露連邦軍報道官は8日、チェチェン武装勢力の最高指導者、アスラン・マスハドフ元共和国大統領が同日、チェチェン北部トルストイユルトで連邦軍などとの戦闘で死亡したと発表した。

マスハドフ氏は旧ソ連崩壊後の1992年からチェチェン武装勢力に参加。連邦側との停戦交渉の窓口となり、96年の停戦合意をまとめ、97年1月には共和国大統領選に当選した。だが、プーチン政権がその正統性を否定。第2次チェチェン戦争開始以後は地下に潜伏し、武装勢力を指揮していたとされる。

モスクワの劇場占拠事件や、北オセチヤ共和国の学校占拠事件の首謀者とされるシャミル・バサエフ野戦司令官に比べ穏健派と見られ、今月、露軍・治安部隊に対する1か月間の停戦命令を出して和平交渉を呼びかけたが、プーチン政権が拒否していた。

同氏は国際社会から、武装勢力内で唯一、プーチン露政権との交渉相手になりうる人物とみなされていただけに、チェチェン和平の可能性はさらに遠のいたと言える。武装勢力側がロシアへの報復に出る恐れもある。

記事中にも有るが、どーすんだ、これ。
一度燃え上がった民族主義抵抗運動を相手する時は、過激派ぶち殺し捲くって、穏健派と交渉するつーのが基本だろがよ。
チェチェン人、絶滅出来るとでも思ってるんですか、そうですか。

画像は、ロシア政府寄りの報道でお馴染みのKTBより。スラブでは遺体の服を脱がせるというのは辱める意味が有る模様。「憎っくき敵の親玉を惨めな死体にしてやったぞ、ウエーハッハッハ」つー所か。ロシアの人は、これをTVで見て溜飲下がるんですかね。
クリックすると大きな画像見られるけど所謂「死体画像」。自己責任でどぞ。
posted by ナナシ=ロボ at 15:36| Comment(1) | TrackBack(0) | ロシアと旧ソ連邦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは、ときどきロムッてるブログ新参者です。先日のエントリでマスハドフが殺害される少し前にEU宛に書いた手紙を翻訳してみました。よろしかったら読んでみてください(というか、なかなか苦労した割には誰も読んでくれないので、セールスなわけですが、、セコイか)
欧州三銃士、シラク・サパテロ・シュレーダーがプーチンと会談してますが、なんも言わんかったんだろうなー。欧州では関連記事案外あったので、人民世論も動くかもとも思うんですが、、どうだろう。
Posted by nekoyanagi in france at 2005年03月23日 21:59
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