2020年06月02日

「マスクやガウン、人工呼吸器…医療品、高い海外依存度 進まぬ国産化の背景」毎日新聞・政治プレミアから


新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、医療現場で使われるマスクやガウン、人工呼吸器などの不足が問題化した。浮き彫りになったのは、日本の医療品調達の海外依存度の高さだ。政府は国産化を急ぐが、実現には課題も多い。
 世界的にマスクが不足し始めていた3月中旬。「100万枚単位でないと、取引はできない」。医療用防護具を扱う「モレーンコーポレーション」(東京都中野区)の草場恒樹社長は、中国企業に医療用高機能マスク「N95」を発注したが、つれなく断られて絶句した。

N95は従来、国内需要の7割を国産で賄っていたが、新型コロナの感染拡大で需要が国内の生産能力の4倍にまで急増した。同社は不足分を補うため、中国などの海外企業に生産を委託し、日本の医療機関向けに輸入しようとしていた。

だが、欧米諸国は政府自ら100万枚単位で中国企業から買い付け始めた。N95の価格は急騰し、入手すら困難になった。「我々のような一企業が1万〜2万単位で発注しても『戦場』に入ることすらできない。日本は買い負けている」。各国挙げての争奪戦を前に、草場社長は国会議員らを通じて政府に支援の必要性を訴えた。

医療品の関連業界も省庁に支援を要請し、加藤勝信厚生労働相は「マスクなどを国が買い上げる。供給をしっかり行っていただきたい」と経済団体に表明。これを受けて同社も発注量を大幅に引き上げ、契約にこぎ着けられた。

草場社長は安堵の一方、各国が自国分を確保するためだけに買いあさる現状を憂慮している。「医療現場を守るためにこうせざるを得ないが、途上国の人たちは完全に置き去りになる。パンデミック(世界的大流行)時に医療物資を分け合うしくみについて国際協調を考えるべきではないか」

中国で買い負けると、国内のマスク不足を解消できない現状は、日本が医療品の多くを輸入に依存している実態をあぶり出した。業界団体などによると、日本はマスク全体の8割を輸入。医療用ガウンも大部分を中国や東南アジア、人工呼吸器も約9割を欧米などからの輸入に頼る。それは医療品の原材料や部品にも及んでいる。

「何台くらい増産できますか」。4月上旬、経済産業省の職員3人が人工呼吸器メーカーの三幸製作所(さいたま市)を訪れ、増産を打診した。同社はさっそく、年間約30台の生産数を300台に引き上げることにした。

ところが、同社が生産するタイプの人工呼吸器は部品の多くが中国企業製で「世界的にメーカー間の奪い合いが激しくなっている。国産で代替できない部品もある」(同社担当者)。すでに確保している部品で5月末までに国内向けに30台を生産するが、その後は未定という。

日本企業は近年、原材料や部品といった中間財の生産・調達をコストの安い海外に移してきた。とりわけ中国への依存度は高く、中間財輸入の21・1%を占める(2017年)。3月には新型コロナがいち早く深刻化した中国で工場の生産停止が相次ぎ、部品の輸入が途絶えて国内の自動車や電機メーカーの工場が生産停止に追い込まれた。医療品不足の問題が起こる前から、中国依存のリスクは顕在化していた。

「国民の健康に関わる重要な物資の生産、サプライチェーン(供給網)は国内で確保しておかなければならないと痛感した」。4月中旬、安倍晋三首相は企業トップらとの会談でこう述べ、改めて医療品の国内増産を求めた。政府は緊急経済対策に国内生産を増やす企業などへの補助金約2500億円を盛り込み、国産化の旗を振る。

だが、国内回帰には難しさもある。経産省幹部は「東日本大震災の際には国内工場が大打撃を受け、海外分散が叫ばれた。地震や台風などの災害も多い日本では、すべて国内に持ってくればいいというものでもない」と吐露する。【山下貴史、工藤昭久】

将来需要見通せず、コスト面にハードル
政府の国産化に向けた「号令」を受け、医療品の生産に参入する企業も出始めている。しかし、将来も需要が続くかは見通せず、コスト面のハードルも高い。

4月末、洋服の縫製工場「ファッションしらいし」(東京都杉並区)では、ミシンの音が響き渡っていた。20人の社員が不織布を縫い合わせ、医療用ガウン1着を10分程度で仕上げる。1日に900着程度を作っているという。

同社は納入先の百貨店などの休業で仕事が激減。業界団体「日本アパレルソーイング工業組合連合会」を通じて政府から2月上旬に依頼を受け、初めて医療用ガウンの生産に乗り出した。同社を含め約100社の組合加盟企業が9月末までに140万着を作り、国が全量買い上げる予定だ。組合の担当者は「使う布や検品方法も洋服とは違う。みんな試行錯誤しながら取り組んでいる」と話す。

ただ、国の買い上げは9月末の生産分までだ。新型コロナの収束後は、現在のような需要は見込めない。白石正裕社長は「仕事がない中ありがたいが、長期的なビジネスにはなりにくい。社会貢献的な意味合いが大きい」と話す。

繊維大手の帝人も政府の要請を受け、医療用ガウンの生産を始めた。6月末までに900万着を供給するが、うち国産は月5万着にとどまる。材料の不織布を生産する企業や縫製工場はほとんど海外にあり、本格的な国内回帰は生産コストの面からも難しいとみられる。

国産5万着分は、福岡県内の工場の既存ラインを活用する。新型コロナが収束すれば不要になる可能性もあるが、担当者は「今はガウン不足に対応するのが先決。将来、国内生産をどうするかは未定」という。

さらに国産化のハードルが高いのが人工呼吸器だ。フィリップス(オランダ)など欧米勢のシェアが高く、国産はほとんどない。厚生労働省は4月中旬、自動車メーカーなど異業種の参入を促すため規制を緩和した。従来は品質確認の実地調査などに4カ月程度かかったが、医療機器メーカーと組んで生産する場合は書面審査後に事後確認することにし、数日に短縮した。

だが、本格参入には「人命に直結する機器の製造はリスクが大きい」(自動車メーカー幹部)と尻込みする企業が多い。医療機器開発コンサルタントの久保田博南さんは「単独で新規参入する企業にとっては、製造販売に必要な承認を得るのに時間がかかる。また、海外大手のシェアが高い市場に参入しても勝算は低い」と指摘。その上で「それでも国産を一定数確保する政策をとるのであれば、国が必要な台数を示し、全量買い上げて医療機関に提供するしくみを作るべきではないか」と話す。【高橋祐貴、松岡大地、加藤美穂子】
posted by ナナシ=ロボ at 21:00| COVID-19 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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